Kontaの歓びの毒牙

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大阪 毎日ホール 毎日大阪会館南館 北区堂島

 1995年にMBS(Mainichi Broadcasting System 毎日放送)劇場と改称され、幕を閉じた大阪毎日ホール

  毎日ホールの中へは、実は私、一度しか入ったことがないのですが、大毎地下劇場のついでに、このホールの画像などをアップしておきます。

 

大毎地下劇場に映画を観に行くたびに前を通っていた、毎日ホールへと上がるこの1950年代様式の素敵な階段↓、懐かしいです。

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日建設計工務株式会社「10周年記念作品集」(1962年7月1日発行)の57頁より 

 

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大阪北区堂島 毎日ホール 1958年3月にオープン 

 

毎日ホール内の様子 

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日建設計工務株式会社「10周年記念作品集」(1962年7月1日発行)の59頁より

 

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毎日ホールのメイン・ロビー 

 

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日建設計工務株式会社「10周年記念作品集」(1962年7月1日発行)の57頁より 

 

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1418席あります。 毎日ホールがMBS劇場に改修された際、座席数は1418席から1179席に減らされたとか?

 

毎日大阪会館南館の断面図 

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大毎地下劇場は毎日ホールの下にあったので、映画上映中しばしば上のホールでのコンサートの音が映画館まで響いてきていました。上の方の階に毎日国際サロンというのがあったのですね。

 

日建設計工務株式会社「10周年記念作品集」(1962年7月1日発行)58頁より 

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右が毎日大阪会館南館 ここに毎日ホールがありました。

 

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地下鉄四ツ橋西梅田駅南へ5分 

 

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会館の2階がホールの1階席になります。 

 

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毎日ホール 映像のロマン 1986年6月~7月

 

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会館3階がホールの中2階で、映写室はここに 

 

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懐かしい1984年の秋ごろの西梅田・堂島周辺詳細図 

 

 毎日ホールでは、日本映画の上映会「映像のロマン」も開催されていたことは知っていましたが、正直当時の私にはあまり興味がなく、一度も行ったことがありませんでした。

 

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毎日ホール 映像のロマン 1987年9月

 

 もちろん映画の上映会だけではなく、演劇・ミュージカル等の公演も行われていました。

 

1987年12月の新聞広告。翌1988年5月の公演「ビーハイブ / Beehive」

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この作品はちょっと面白そうと思って、切り抜きました。結局、観に行かなかったのですが…。

 

 1981年の5月末頃に難波のプレイガイドをあちこち回って券を探した演劇公演がありました。結局チケットが見つからなかったその作品は、ミルウォーキー・レパートリー・シアター(Milwaukee Repertory Theater)の来日公演、テネシー・ウィリアムズ作「欲望という名の電車 / A Streetcar Named Desire」でした。

 

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 この公演は毎日ホールでの開催だったようなのですが、それならドーチカセンター内の毎日プレイガイドに買いに行けば、必ず券は見つかっただろうと、今にして悔しく思います。当時高校生だった私には、それはまったく思い浮かびませんでした。自宅から近い難波で探しまわって、「なんで売ってないの~?」と結局あきらめて、そのお金でダイアナ・ロスの中古レコードを買って帰ってしまいました。

 

 観たかった理由のひとつが、この日本公演に客演という形で参加していた若き日のトム・ベレンジャー(Tom Berenger)だったのです。もちろんスタンリー役ですよん。

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1981年5月18日、トム・ベレンジャー初来日

 

トム・ベレンジャー来日時の、水野晴郎さんのインタビュー記事(雑誌「スクリーン」1981年9月号139~141頁)がありましたので、一部を掲載しておきます。

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私、個人的には、ローレンス・オリヴィエ(1976年テレビ版)のビッグ・ダディは悪くなかったと思います。それよりロバート・ワグナーのブリックが、役には老けすぎてて気になりました(マギー役は好演ナタリー・ウッド)。↓

Laurence Olivier Presents - the Complete Series [Import anglais]

 

 私が思うに、断トツに酷い版はジェシカ・ラングトミー・リー・ジョーンズリップ・トーン1984年テレビ映画「熱いトタン屋根の猫 / やけたトタン屋根の上の猫 / Cat on a Hot Tin Roof」でしょう。↓

Cat on a Hot Tin Roof [DVD]

 

2003年にニューヨークでやっていた舞台「Cat on a Hot Tin Roof」

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このキャストはなかなかよさそう~、とカメラに収めました。

 

東京のトム・ベレンジャー君 1981年 31歳、2児の父

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Tom Berenger at Tokyo, Japan 1981 

1949年年生まれのトム、現在はビッグ・ダディを演じることも出来る年齢になりました。

 

 トム・ベレンジャー版「欲望とう名の電車」はなんとしても観ておくべきだったと、いまだに後悔しています。2020年11月現在、この公演をご覧になったという方がネットで3名見つかりましたので、リンクしておきますね。

https://www.zakzak.co.jp/smp/entertainment/ent-news/news/20121002/enn1210020742000-s.htm

http://nioinoiihanataba.blog.fc2.com/blog-entry-646.html

https://twitter.com/AJW4ZzEwBj4Qqel/status/1287404047599771648

 

 1981年の春にはシルベスター・スタローンがスタンリー役で、「欲望という名の電車」の再映画化を考えていました。雑誌「スクリーン」1981年7月号150頁より↓。

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もしこのスタンリー役で成功していれば、スタローンの俳優人生も大きく変わっていたでしょうね。

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テネシー・ウィリアムズ自身はブランチ役には、アン・マーグレットを希望していたそうです。そして3か月後、雑誌「スクリーン」1981年10月号152頁の記事によると、「シルベスター・スタローンは「欲望という名の電車」の主演を取りやめた」ということでした。やっぱりスタンリー役に怖気づいたのでしょうか?

 

 その後、アン・マーグレットトリート・ウィリアムズ、ビヴァリー・ダンジェロ、ランディ・クエイド出演の1984年テレビ版が作られることになりました。これは私が一番好きな「欲望という名の電車」なのです↓。

Streetcar Named Desire [VHS]

 

1984年版「欲望という名の電車」について、ヤスヒロクンという方がお書きになったこの↓紹介文がとても良いので画像を貼っておきます。

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これは確か「JUNGLE LIFE」というフリー・ペーパー17号の87頁からだったと思います。

 

 最低版「欲望…」はこちらもジェシカ・ラングアレック・ボールドウィンダイアン・レインジョン・グッドマン出演の1995年テレビ作品でしょう。ジェシカ・ラングの演技がどうしてあれほど一般的に評価が高いのか、私にはまったく理解できません。ラジオ体操のような手と腕の動かし方が本当に目障りなのです。さらに、この95年版を観たある方が言った言葉、「ボールドウィンとグッドマンの演じる役を交換すれば、もう少しはましな出来になったかも…」に、私も納得しました。ボールドウィンが上品できれい過ぎて、なんだか石鹸の匂いがしてきそうなスタンリーになってしまっているのです。↓

欲望という名の電車【字幕版】 [VHS]

A Streetcar Named Desire [DVD]

 

 さて、私が毎日ホールへ行った一度だけの時のことを、最後にお話ししたいと思います。 それは1989年6月6日のミリー・ジャクソン(Millie Jackson)のコンサートでした。

 

ケニー・ロギンス、レイフ・ヴァンホイ、マイケル・ボルトンの曲も歌うミリー

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エルトン・ジョンとのデュエットなんていう珍しい企画も…

 

Millie Jackson at Tokyo, Japan 1975

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1975年12月の初来日時、おしとやかに抹茶をいただくミリー 撮影:三浦憲治

 

 昔よく遊びに行っていた親戚の家にミリーの初期のレコード「Millie Jackson / もしもこれが愛ならば」(1972)と「I Got To Try It One Time / ザ・モーニング・アフター」(1974)の2枚のアルバムがありました。私は高校生の時にそれらをカセットに録って聞いていて、わりと良いな~と思っていました。すべてのアルバムを聴いてみたいという程のファンではなく、私にとってミリーは、大好きな曲のカヴァーが入っていたり廉く売っていればアルバムを買ってもいいかな~と思うぐらいの存在の人でした。  

 

何枚か持っているミリー・ジャクソンのLP 

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アシュフォード&シンプソン、ネッド・ドヒニー、プリンスなどの名曲も録音

 

  1980年代にJIVEレーベルに移籍してからの最初の2枚のアルバムの内容が私は結構気に入っていましたが、コンサートへはぎりぎり当日になってから行くことに決め、会場窓口でチケットを購入しました。窓口に行くと、すぐ横にかなりの数の人が並んでいたのですが、それはなんと招待券で入る人たちの列だったのです。ダダで人集めなんて、よほどチケットの売れ行きが思わしくなかったのでしょうね。そして私自身は、最前列の左から4番目ぐらいの席を購入出来たので驚きました(当日券で一番前の席ってどんだけ売れてないねん!)。

 

1989年6月の来日公演のミリー・ジャクソン

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Millie Jackson at Tokyo, Japan 1989 写真(部分)撮影:大熊一実氏 

 

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 ミリーのコンサートでは最初に3人の前座が男→女→男の順でスティーヴィー・ワンダー、ジェニファー・ホリデイ、マイケル・ジャクソンらのヒット曲を歌いましたが、どの人もイマイチでした。ミリー自身のショーは声も歌も良く、お客さんが少ない割にはそこそこ盛り上がりました。ただし、日本で生活している我々大部分の客にとっては、ミリーのジェスチャーやダーティーな(?)言葉は、意味やニュアンスが十分理解できないながらも、かなり違和感がありました。米国とは客層や空気感もまったく違うでしょうし、ミリーのショーのスタイルにかなりの人が相当戸惑ったと思います(ミリーについてなんの知識もない招待客なら、なおさらやん!) 。

 

アイザック・ヘイズ(Isaac Hayes 1942 - 2008)とのデュエット・アルバムは私の好きな作品 

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ピーター・マッキャンやデボラ・アレンの曲、そしてランディ・グッドラム作でアン・マレーの歌で全米1位となった「You Needed Me / 辛い別れ」のカヴァーも収録

 

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 “今度出るアルバムのジャケットはトイレで便器に座ってる写真にしたのヨ”とコンサートで、ミリーは話していて、“ミリーったら、また冗談ばっかり…”と私はその時思っていたのですが、その後リリースされたライヴ・アルバムのカバー写真がマジでそんなお姿でこれまた驚愕!しました(それでも、私は購入しましたが、何か?)

 

1975年12月、東京でのミリー 31歳、2児の母  

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Millie Jackson at Tokyo, Japan 1975 撮影:三浦憲治

 

グラディス・ナイトが好きと、ミリーはしばしば語っています。 

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 このコンサートではキャロル・キング作、シュレルズのヒット曲「Will You Love Me Tomorrow」も歌いましたが、あまりミリーに合ってるいるようには思えませんでした。一番印象に残ったのはダニー・ハサウェイやジェニファー・ホリデイの歌で聴いて知っていた「Givin' Up」で、この曲の歌唱は素晴らしかったです。日本の客としては面食らうところも多く大満足とはいえませんが、歌の部分に関しては楽しめたミリー・ジャクソン・コンサートだったのではないかと、私は思っています。

 

 コンサート会場は今はなき大阪毎日ホールでした↓。 

 

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毎日ホールに関するカラー部分は全て雑誌「エルマガジン / L magazine」(関西版)1984年11月号のセンターカラー頁より

トム・ベレンジャーのカラー写真は、雑誌「スクリーン」1981年8月号と9月号より

ミリー・ジャクソンのインタビューは雑誌「ミュージック・マガジン / MUSIC MAGAZINE」1989年8月号78~83頁(インタビュアー:鈴木啓志氏)より

 

ミリー・ジャクソンのアルバム各種↓ 

An Imitation Of Love by Millie Jackson

タイド・イズ・ターニング

Royal Rappin's by Millie Jackson (1994-07-29)

Very Best of

The Moods Of Millie Jackson ~ Her Best Ballads. 6.99

21 of the Best

トム・ベレンジャー主演映画「ブルー・エクスタシー 官能の夜 / In Praise of Older Women」(1978)↓

In Praise of Older Women [Import USA Zone 1]

In Praise of Older Women [VHS]

IN PRAISE OF OLDER WOMEN / (SUB)(北米版)(リージョンコード1)[DVD][Import]