Kontaの歓びの毒牙

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ファブリツィオ・モローニ Fabrizio Moroni は語る

 というわけで、ファブリツィオ・モローニ(Fabrizio Moroni)さんと偶然の奇跡的再会(なのか?)もあったし、せっかく病院の待合室にあった雑誌「dansen / 男子専科」(1977年?11月号)から、彼の記事をこっそり頂いてきたのだから、ここにその記事に掲載された彼のインタビューをアップしたいと思います。ファブリツィオ・モローニさんに関する情報って、なかなかないんですよね~。アラン・ドロンの映画「高校教師」(1972年)にも出てるとか?この映画もまた見直してみなければ…。なお、以下の文章をお書きになったのは日下部亮さんという方です。日下部さん、掲載させていただきますね~。

 

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11月のカバー・ストーリー

 

ファブリツィオ・モローニ FABRIZIO MORONI

 

 刑事コロンボ(ピーター・フォーク)は静かに去り、ハンサムな青年があらわれた。涼しい目、端正な口元、しなやかな長身。コロンボの活躍するテレビ・ドラマなら、さしずめ恰好の犯人役といったところだが、このイタリア青年ファブリツィオ・モローニの仕事は、スーツを生き生きと着こなすキャラクター。“マッケンジー・メイクス・ザ・マン”、こんなスローガンをささえるその若々しい顔をながめて、呟く人がいる―あの男は、いったい、何者だい?

 

 そう、たしかに、さわやかな顔だ。
 駅の改札口の脇にはられた大型ポスターのなかから、こちらを見つめている顔は、「さわやか」という日本語に、まったくよく似合う表情をしている。

 その若く、ハンサムな(という陳腐な形容詞を思わずしらず使ってしまいたくなる)外国人が出ているポスターは、男のスーツ“マッケンジー”のものだ。

 このポスターを見たとき、あれっ?と思った人も多いのじゃないだろうか。

 たしか、ついこの間まで、あの刑事コロンボピーター・フォークの顔が出ていたんじゃなかったっけ。頭のなかでつぶやいたあと、さらにこんなふうにつけ加えた人も多いだろう。それにしても、スーツが似合うこの外国人は、いったい何者なんだろうか、と。

 ポスターを見た人のこういうつぶやきを、もし聞くことができたら、このポスターの作り手たちは満足げにうなづくことだろう。

 誰なのかなあ?と見る人に疑問符を投げかけることができればこのポスターの意図は十分に達せられたに違いないからだ。だが、疑問符というのはやっかいなシロモノだ。

 有名な顔が時に“飽き”を感じさせるように、無名の顔というものもさわやかな疑問符のあとに、ある種の“イライラ”を感じさせるものだからだ。

 とくに、その顔が気になればなるほど、“体”も知りたくなってイライラしてくる。ミステリーじゃないけれど、疑問符はいつかは解かれなければならない。

 (マッケンジーの男は、一体誰なんだ?) こんな疑問符が頭のなかに浮かんでは消えていた頃、編集部から電話がかかってきた。
―マッケンジーの男に、会いに行きませんか。


 

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 ファブリツィオ・モローニ

 これがポスターのなかの“さわやかな男”の名前だった。
 名前でわかるとおり、イタリア人だ。
 ポスターやテレビ・コマーシャルで見る感じよりも少し老けているというか、とし相応(31歳になったそうだ)の身のこなしである。

 マッケンジーのスーツを着てカメラの前に立つことになったのは、ほんの偶然のことからだったのだそうだ。

 ある日、知り合いの女性(イタリア映画界で仕事をしている人)から電話がかかってきて、ニッポンのスーツの会社がキャラクターになる男を探している。チネチタ撮影所でオーディションをやるので行ってみないか…と誘われたからだった。

 六番目にやってきたモローニ氏をみたとたん、あっ、これだ、この人こそイメージにぴったりだ!と日本からやってきた宣伝担当マンは、思わずヒザを打ったそうだ。

 “専門のモデルや俳優でなく、自分の仕事を持っている30歳前後の知的な好青年”という条件にずばり適う雰囲気をモローニ氏が身につけていたからだった。

 ミラノで父親から受け継いだ電機部品の工場を経営するかたわら、テレビや映画の仕事を手伝ったり、時には俳優として出演したこともある。こんな自由な行き方が、きっとその端正な顔に自然にあらわれていたにちがいない。

 それで、日本製のスーツを着てポスターやテレビ・コマーシャルに登場することになったのだった。

 


―日本のテレビCMに出演した印象は?

モローニ:イタリアでは、広告活動が盛んじゃないですからね。日本では非常にプロフェッショナルな感覚で、じつに計画的、戦略的に広告が作られていくことに感心しました。

―マッケンジーのキャラクターになった感想をきかせてくれませんか?

モローニ:ぼくの場合は、単なるモデルというかたちじゃなく、ひとつのクリエイティブな仕事に参加しているというつもりでやっているんですよ。だから“モデル”という意識はぜんぜんないですね。イタリアのスーツは、スイートだけど、マッケンジーはハードな感じだな。仕事のためのスーツといえるでしょうね。

―映画が好きだそうですが…。

モローニ:そうなんですよ。映画にはずっと興味を持ちつづけてるんですよ。いま、エチオピアを舞台にしたセミ・ドキュメント映画のプロデュースを手がけるところなんです。ムッソリーニファシズム時代の植民地に生きる人間たちを描いた作品なんですがね。ことしの終わりごろから、撮影にはいろうと思っているんですよ。

―どんな俳優たちに興味がありますか?

モローニ:夜が明けたらパーッとスターになる人もいますけど、イタリアではそういう俳優はあまり評価されないようですね。マルチェロ・マストロヤンニとか、ビットリオ・ガスマンとか長い間苦労を重ねて地位をきずいた俳優が尊敬されていますよ。ぼくも、そういう息の長い俳優たちのほうが好きですね。ビットリオ・ガスマンとは個人的なつきあいもしてるんですが、このイタリアのすぐれたシェークスピア役者が、ぼくの映画に友情出演してくれるというんで喜んでいるところなんですよ。

―バラの花と犬が好きだとか…?

モローニ:持ち主のいない犬を見るとかわいそうになるんですよ。猫と違って犬は人間が寝る場所とエサを与えてやらなければならないですからね。犬のためのアパートを作って、野良犬を見つけてはつれてくるんですが、もう三百匹ぐらいになるかな。とにかく、イタリアは、野良犬の多いことで有名なんですよ。

―生まれはイタリアのどこなんですか?

モローニ:フィレンツェです。京都のような古い町で、美しいし、歴史の重みにも事欠きませんが、あまり住みたくはないですね。自由な空気が乏しいし、何とも保守的な気風に支配されていますからね。

―しかし、イタリアでは、デザイン界の気風は革新的なようですね…。

モローニ:昔からイタリアという国はしゅっちゅう内戦やら何やらでつねに競争し合ってきましたからね。何かをつくりだそう、という気持ちはひじょうに強烈ですね。とくにアートの分野ではね。

―日本のどこが好きになりましたか…。

モローニ:それはもう、日本女性の「手」ですね。とにかく、美しくて、優雅ですね。ベネチアの女の手もきれいだが、日本の女性にはかなわない。大げさじゃなく、手にポエジーを感じましたよ。
 

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 日本の女たちのほっそりとした手に、「詩」を感じるというモローニ氏の感性は、じつにナイーブだが線の細さはまったく感じられない。好きな言葉は何ですか?ときいたら、「いかにも日本人らしい質問ですね」と笑いながら、ひと言「ドマーニ!」と答えた。
 ドマーニとは、イタリア語で“明日”という意味。“明日があるさ”と何事にもクヨクヨしないイタリア人らしい明るい言葉だ。やっぱり、モローニ氏は、まぶしい地中海の国からやってきた人であった。
(文・日下部 亮)

 

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